Manchester’s Frozen

Until suicide

自殺念慮

ぼくは茨城で、35歳の両親のもとに、3つ子の長男として未熟児で生まれた。

ぼくら兄弟は生まれた瞬間に保育器に投入された。

 

両親は、ぼくを「健吾」と名付けた。未熟児として生まれたこともあり、なんとか健康に育って欲しいという願いが込められた。

そして、残念ながら心身共に不健康な人間に仕上がってしまった。

 

最近自殺念慮が止まらない。

ぼくは何のために生まれてきたのだろう。

両親の「子供が欲しい」というエゴを満たすために生まれたのだろう。それ以上でも以下でもない。

ぼくはそのために召喚されたロボットに過ぎない。

そして、今更自分のために生きるだなんて手遅れだろう。

気付けば親のために生きてきた。

両親は「普通」に届かないぼくを嘲罵した。

生まれて、鬱になって、何一つ良いこと無く死んでいきましたとさ。

 

年間2万人以上自殺するけれども、いつぼくがそのうちの一人になってもおかしくない。

そしてその日は刻一刻と近付いてきているように思う。

ぼくは犯罪者になりかねない。


ぼくは永遠に孤独だ。

僑軍孤進で世界と格闘している。

ボロボロになって負ける。

 

ぼくの生きた証なんて、はてなブログTwitterYouTubeがサービス終了したら完全に藻屑と消えるのだ。

だったら派手にサリン撒き散らして歴史に残りたいわ。

犯罪者以下。死刑囚以下。

歴史にも残らず、一人部屋で首吊って死ぬ。

 

寿命が死ぬほど長い。人生100年時代とかグロすぎる。

限界でも40年。

40年なら泡沫の夢。負け組でも構わない。

金もなんとかなるだろう。

80年とか無理です。

 

思えば、10代の頃から、30辺りで終わりだろうなという予感があった。

今年に入って、それが現実感を持ち始めたのだ。


ぼくは自殺のハードルが高いから自殺できないでいるだけ。