Manchester’s Frozen

Until suicide

ネットは有限

5年前、2015〜2017年に使っていたTwitterのアカウントのツイートを全削除してしまった。

しかし5年経った今になって、そのことを酷く後悔している。

そのアカウントは10代後半の自分の生きたアーカイブだった。何故自らの手によってそれを消したのかその理由ははっきりと覚えていないけれど、それは痛恨の失敗だった。

 

しかしまだ救いはあった。

Twilogが残っていた。

https://twilog.org/tsueks_/desc

 

 

希望など抱けない。

出口の無い絶望や不安によるストレスで呻吟している。

全ての思考を停止してサッカーでも見ていれば楽になる。

しかしそれは問題を先送りしているだけに過ぎない。

 

朝までサッカーを見ている。終わって病み始まる。

ほんの些細なことが致命傷なのだ。

どこにも居場所なんて無い。誰にも相談できない。気力が湧かない。

ストレスでろくに食事もできなくなった。

頭も悪くなった。

意欲的に活動できなくなった。

精神が乱れ、生活が乱れる。

 

死にたい以外の感情が無い。

前向きになんてなれない。

どうせ絶望的な未来しか待っていない。

いずれ精神崩壊する。

 

こんな精神状態で社会復帰なんて不可能。

YouTubeも更新できない。

YouTubeでは前向きなことしか言えないから。

ここに闇を吐き出す。

曲も作れていない。

誰にも求められていない。

何もやる気が出ない。

やりかけのあれこれが、努力が全て無駄になる。

読書も漢検もやりかけ。

諦めれば楽になるのかもしれない。

でもプライドがそれを許さない。

でもやる気力が出ない。

八方塞がりだ。

 

しかし自殺する勇気は出ない。

勇気が出ないということは、まだ希望を信じている、本当に追い込まれたら躊躇なく遂行できる、というようなことが5ちゃんの首吊りスレに書いてあった。

確かにそうなのかもしれない。でも、そうなる前に死にたいんだよ。

 

外に出る少しの勇気も出せない。

生きていく意味が分からない。

 

ネットは有限だ。

TwitterYouTubeはてなブログInstagramTikTokもいつか消えるのだ。

自分の生きた証を残そうなんて愚かだ。

負け犬の愚かな悪足掻きだ。

全てサービス終了して、自分の生きた証がこの世から完全に抹消する。

ぼくは命よりプライドを優先する人間。

プライドが傷付くような生き方を選んでまで生きるくらいなら死にたい。